2007年10月16日

◆渋大湯と泥舟と鉄舟


(鉄舟の揮毫 ~渋大湯)

 渋大湯になぜ、泥舟と鉄舟揮毫の額があるのか。

 臨済宗の熱心な信徒だった泥舟と鉄舟は、臨済宗の聖地と仰ぐべき飯山の正受庵が廃

庵になったのを知り、正受庵復興の願いのもとの資金集め手段の一つとして、自分らが揮毫

料をそれに充てた。

 資金集め奔放の際に渋温泉にも訪れ、泥舟は「洗我心」、泥舟は「快作楽」の書を残す。

 「渋大湯になぜ、泥舟と鉄舟の揮毫が残るのか?」「そもそも、泥舟や鉄舟とはどういう人

物なのか?」。そんな疑問から始まりましたが、いろいろ繋がって行くのが楽しかったなぁ。

飯山の正受庵正受老人、臨済宗、三島の星定和尚、勝海舟、無血開城、西郷隆盛、徳川慶

喜、明治天皇などなど。
 
  そんな意味でも、看板は文化であり文学なのですね。そう、思います。

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